哲学者の本を多く読むべきではない

哲学がどういうものかを勉強しようと哲学者の本を色々読み漁ったりした事はあるだろうか?私はせいぜい4、5人程度のものだが中にはもっと多く読む人はいるだろう。だが私は哲学者の本を多く読むべきではないと考える。

 

哲学とは自分で考えて自分で答えを出す事だからだ。

 

哲学者の本を読む事自体を悪いとは思わないのだが、哲学を知りたくて哲学者の本を読む事は哲学しているとは言えない。それは考えている振りをしているだけだ。実際に哲学者の本を読んで哲学を学ぼうとすると、「この人がこう言っているから正しい」という思考になってしまう。

哲学の真髄は自分で考えて答えを出す事にある為、「この人がこういっているから正しい」という結論で終わるのではなく、「誰がなんと言おうと私はこれが正しいと考える」という結論で終わる方が自然である。自分で考えて答えを出して、初めて哲学していると言えるのだ。

勿論答えは間違っているものもあるだろう。ただしそれは自然科学などの絶対的な答えがある問いであって、人生とは?人間とは?自分とは?といった絶対的な答えが浮かばない問いは間違っているのかさえも分からない。なぜならどうとでも言えてしまうからだ。だが答えは幾らでもあるだけでなくどうとでも言えてしまうのだからこそ、自分はこう考えるという意志や信念の様なものがないと自分という人間が分からなくなるのだ。

私が哲学に興味を持つ様になったのは、社会人になって周りを見渡して見た時、今まで教わってきた常識や見解がまるで通用しないと気づいた時だった。まず思ったのは、自分の見識が間違っているか、社会が間違っているのかの二つの可能性がある事だった。そして段々調べていくうちに、どっちが正しくてどっちが間違っていると絶対的に判断出来ないという結論に至ってしまった。なぜならどっちにもとろうと思えばとれるからだ。だから私は客観的に正誤判断していく様な思考を止め、主観的に思考する事にして、私は「哲学とは自分で考えて自分で答えを出す事」という結論に至った。

 

自分で考える事を重視する哲学者はカントやショーペンハウエルが書いていたとは思うが、わざわざ読む必要はない。実際私も読んでいない。わざわざ読まなくても自分で考えていけば同様の結論に至るし、中には彼らを超えられる可能性があるからだ。

今歴史に名を残せる程の哲学者はいるのか誰にも分からない。だがそういう人は今もなお自分で考え続けているはずだ。